たぶん、脳のオーバーフロー

今日のことを、忘れたくない、記録に残したいと思っても、どう言葉にしてよいのか判らない。でも、少しでも何か、書いておきたいと思いました。

今日は、今年の春に闘病の末、亡くなったお友達のYちゃんが一人暮らしをしていたマンションへ行ってきました。お友達のお母様が、たまに上京してきて片付けをしていると聞いて、お手伝いに行きましょうか?と申し出たら、ぜひ来てくださいとのことで、共通のお友達と2人で行くことになったのです。

行く前は、持ち主がいなくなって残されたモノたちに対面した時、どんな風に感じるんだろう…私ももっとちゃんと片付けをしなくてはと焦ったり、こんな成り行き任せの暮らしではなくもっと毎日を一生懸命に過ごさなくては…と思ったりしてしまうんだろうかとか、Yちゃんが病気で苦しい時にここで過ごしていたんだなぁという空気に耐えられるのだろうか等、色々不安になっていたのですが。実際に行ってみると、最後に訪問した去年の1月と変わらない空気感で、というか、そのうち彼女が、玄関のドアを開けて、帰ってくるんじゃないかと思ってしまうような、そんな感じでした。

で、事前に「片づけと言ってもそんなにすることもないのよ」と聞いていたけれど、まだまだたくさんやることはありそうで…だからといって、やはり他人がバッサバッサと片付けられるようなわけもなく、片付け途中のお部屋で3人、お菓子を食べながら、ひたらす思い出話をして過ごしました。

Yちゃんが度々帰省していたのは知っていて、お母様とはとても仲良しで、お母様からのお話でもそれがよく分かり、ちょっと羨ましいなぁと思いました。それだけに、お母様の寂しさや無念さが感じられて、ただただツライなぁと思いました。はー。

お母様から提案のあったお品と、こちらからも気になったものをお願いして形見分けとして譲っていただき、持ち帰ったものを広げて、しばらくぼーっとしています。

Twitterにも書いたけど、多分、今日の時間を、どう分類して、どう名付けて、どうやって記憶に残していったらいいのか判らなくて、脳がオーバーフローしているのだと思います。